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卒業生の声
この学園でたくさんのことを学びました
卒業後、さまざまな社会の現場で専門職として活躍している山本学園の先輩たち。
「山本学園で学んでよかった」という先輩たちの声を紹介します。
松山女学院専門学校
中野 恵理華
平成18年度、松山女学院専門学校・ファッションクリエイターコースを卒業後、株式会社 weistでデザイナーとして活躍済美高校出身
夢が叶い、自分が手がけたものが
全国の店頭に並ぶ喜び
私は小さい頃からデザイナーになるのが夢で専門学校に入学しました。学生時代は友達や先生方に助けてもらいながら、自分が考えた物を作り上げるという達成感を感じながら、充実した学生生活を送ることが出来ました。今は夢を叶えることができ、自分の手がけた商品が全国の店頭に並び、お客様に購入して貰えるという喜びと達成感はなんとも言えません。
管野 江李菜
平成18年度、松山女学院専門学校・ファッションクリエイターコースを卒業後、株式会社ふく紗に就職。洋服製品のパターンを作るCADオペレーター。野村高校出身
思い出の松山コレクションに
プロとして参加して入賞
2年生のとき、松山コレクションに向けて制作した作品は、将来、自分が着てみたい服をイメージ。2カ月かけて完成させた作品は、「FM愛媛賞」をいただき、とてもうれしかったことを覚えています。濃いピンクのドレスは手づくりの花かざりで華やかさを出して髪飾りも揃えるなど、学生の自分としては満足のいく出来でした。卒業後、今の会社から許可をいただき、松山コレクションに再び参加。このときは、赤を基調とした和風素材の振り袖をリメイクしたスリムなドレスでしたが、100%満足した仕上がりで、上位10作品の1つに選んでいただきました。企画から製作、そして百貨店に販売する一連の業務を行える今の会社で、初めて自分が関わった商品が店頭に並んでいるのを見たときは感慨深いものがありました。今は、学生時代の授業や課題制作を充実させることが、やりたい仕事への近道だと実感しています。
高田 忍
平成9年度、松山女学院専門学校・ファッションクリエイターコースを卒業後、(株)京屋にて11年間、ブライダルを担当。済美高校出身
学んだ技術や知識を生かして
お客様を笑顔にできる喜び
洋服を作るのが大好きな母をもち、小物づくりや編み物などが身近な環境にあった私は、小さい頃から服飾の仕事をしたいと思っていました。学生時代の思い出は、同じ業界を目指す友だちと一緒になって取り組んだものばかり。どれ一つとっても達成感がありました。作品がイメージどおりに仕上げられないときも、先生の温かいアドバイスのおかげで何とか完成させることができ、今でも感謝しています。素材やドレスのラインなど、学校で学んだいろいろなことが、会社に入っても生かせたので無駄はないと思いました。入社して11年目となった今の会社では、ウェディングの花嫁衣裳などを担当。卒業後、美容師の免許も取得して、衣装だけでなく、ヘア・メイクのサービスもトータルで提案できるようになりました。ステップアップした自分の仕事で、お客様に喜んでいただけるのが何よりうれしいです。
馬木 みづえ
平成2年度、松山女学院専門学校・ファッションクリエイターコースを卒業後、大手アパレル会社に就職。(有)コレクションに入社後、豊富な経験を見込まれ、この会社の代表取締役社長に就任。今治明徳高校出身
大好きなファッションの世界で
経験を生かして夢を実現
私が専門学校に入学したのは、洋服が好きで、自分でも服を作れるようになりたいという夢をもっていたからです。在学中は、ファッションショーや展示会のたびに制作に打ち込みましたが、伊予かすりや今治タオルといった、地元の素材をアピールした作品づくりが特に印象に残っています。一人暮らしで作品の材料費をアルバイトで稼ぐなど、大変な中でも学生生活はとても充実していました。社会人になってから役に立ったことといえば、予備知識として学んだ言葉遣いやマナーといった一般常識。大手アパレル会社で8年間勤めた経験を生かして、現在は婦人アパレルと雑貨店を中予で5店舗経営しています。学生時代、友だちと一緒に思い描いた「自分の会社をつくろう」という夢を実現できました。これまでの自分を振り返ってみて、学んだことを役立てる仕事だけでなく、いろいろなジャンルに挑戦する気持ちこそが大事だと思います。
松山歯科衛生士専門学校
河本 京子
平成8年度、松山歯科衛生士専門学校を卒業。現在松山赤十字病院歯科口腔外科に勤務済美高校出身
国家資格だからこそできた再就職、
そして母校に感謝
5年間、歯科衛生士として歯科医院で勤務をし、結婚・出産を機に退職。専業主婦の道を歩んでいました。ところが、自分で、子供を育て家計を支えていかなけ ればならない生活環境に一変。その折、母校を訪ね、恩師の先生にもう一度、歯科衛生士として働く覚悟を決めたことを相談。先生の紹介で幸運にも現在の職場 に巡り会うことができたのです。人生は、本当に何があるかわかりません。「資格は身を助ける」その通りであることを実感しました。在学中、厳しいと思うこ ともありましたが、人生の岐路に立ったとき、真っ先に思い浮かんだのは、母校のこと、先生のことでした。医療人として育てていただき、卒業後も温かく見 守って下さり、本当に感謝の気持ちで一杯です。職場が、実習施設なので、フレッシュな後輩達の姿に良い刺激を受け、知識・技術に磨きを掛ける毎日です。 「本当にこの仕事を選んでよかった。」そう、思っています。
河端 浩美
平成6年度、松山歯科衛生士専門学校を卒業。現在愛媛県立中央病院に勤務。聖カタリナ女子高校出身
育児と両立できる仕事で
理想どおりの人生を満喫
現在、小学2年生と4歳の2児の母親です。“妻・母親・職業人”1人3役をこなす忙しい毎日ですが、充実しています。私は、高校時代から一つの信念があり ました。それは、“生涯の仕事を持ち、働き続ける”ということ。この人生設計が叶う仕事として歯科衛生士を選びました。25歳で結婚、その後も仕事を続け ましたが、出産を機にパート勤務に変更。子育てと仕事の両立は大変ですが、家事が疎かにならないよう気を付け、歯科衛生士はずっと続けてきました。子供達 の成長に伴い、またこの度、現在の職場でフルタイムの勤務を始めたところです。総合病院ですので、外科的処置を伴うことも多く、改めて診療補助を学ぶ毎日 です。歯科医療を通じ社会に貢献できる、やりがいのある仕事に誇りを持っています。大好きな家族に支えられ大好きな仕事ができる私は、幸せです。
藤家 真澄
平成19年度、松山歯科衛生士専門学校を卒業後、医療法人淳和会須之内歯科医院に就職松山商業高校出身
患者様の笑顔と「ありがとう」は魔法の言葉
現在、歯科医師4名、スタッフ9名、診療台10台という規模の大きな歯科医院で勤務しています。歯科衛 生士は、ブラッシング指導や歯周治療のメインテナンスを主に担当します。私は就職して間も無い頃、歯肉の出血・腫脹があり、少し歯の動揺もある歯周病の 20代の男性患者様のブラッシング指導を任されました。継続して指導していくと、いろいろな磨き方があること、歯ブラシだけでなくフロスなどの清掃用具も あることに患者様が大変興味を持ち熱心に取り組んで下さるようになりました。口腔の状態も見る見る改善され、自分に自信が持てるようになったのか、最初は お口を気にして笑われなかった患者様が満面の笑顔で「ありがとう」とおっしゃった時、嬉しくて感激しました。患者様にもっと満足していただけるよう努力し なければ…そう決意し頑張る毎日です。
松山情報ビジネス専門学校
井手 裕紀
平成21年度、松山情報ビジネス専門学校・医療事務コース卒業後、松山赤十字病院でドクターアシスタントとして勤務。松山西高校出身
四国で最初に「医師事務作業補助者」の
資格を学べ、就職につながった
私は医療事務のことを学びたいと考え、現場経験豊富な先生方の授業を学べる山本学園に入学しました。山本学園は、当時は四国で初めて「医師事務作業補助 者」の資格を受験できる唯一の学校であり、勉強を進めていくうちにこの仕事に興味を持ちました。そして、勉強した甲斐もあり無事合格。またその資格を取得 していたおかげで現在の職場に就職することできました。現在は資格を活かして、ドクターアシスタントとして働いています。はじめはどこか難しいイメージを 持っていましたが、実際に働いている今、毎日診断書作成やその他の業務で大変ですが、楽しく仕事をさせて頂いています。山本学園で学ぶことができて本当に 良かったと感じています。
松岡 春奈
平成19年度、松山情報ビジネス専門学校・スカイビジネスコースを卒業後、愛媛新聞旅行で企画旅行部のカウンター業務を担当。八幡浜高校出身
現場経験者の授業が魅力
資格の強みを社会で実感
「航空関係の仕事をしたい!」と進路先を探していると、Jal Axessを学べる専門学校が中四国でここだけだと知りました。進学を決めた一番の理由は、キャビンアテンダント経験者の授業を受けられること。 Jal Axessや国内旅行業務取扱管理者といった資格を短期間で取れたのは1年生のときの授業が楽しかったからです。 少人数授業で聞いた、現場経験が豊富な先生たちの話に興味津々でした。 大学編入も考えましたが、社会人として早くスタートしたいと思うくらい勉強に自信がもてました。 今の会社から、入社試験の翌日に「すぐにでも来てほしい」という知らせが届き、自分が即戦力として求められた喜びは忘れられません。 卒業後、働きながら添乗員の資格も取れたのは、専門学校での基礎があったからです。 夢が叶って毎日が楽しい今、専門学校でよかったと心から思います。新たな資格取得に向けて、チャレンジも開始しています。
大西 里佳
平成18年度、松山情報ビジネス専門学校国際観光ビジネス科を卒業後、松山全日空ホテルに入社。現在はティーラウンジのキャプテンを務めている。伊予高校出身
幅広い知識と話題は
接客の最大の武器
高校3年の4月から、進学先は専門学校と決めていました。友人に誘われ、体験入学に参加したのが入学の決め手。 自由で楽しそうな校風に惹かれました。もともとウエディングプランナーになりたいと思っていたのですが、ホテルの仕事にも興味があったので、情報ビジネスに進学を決めました。 自分の興味の有無に関係なく、幅広く多くの分野のことが学べるし、希望する職種も入学してから変えることができて魅力です。 在学中は、販売実習やインターンシップなどで実際の職場を体感し、自分の将来の目標を明確にできました。もちろん授業以外にも学園祭や研修旅行など、楽しい思い出がたくさんあります。 卒業後ホテルへ就職し、洋食レストランでの勤務を経て、2年目からティーラウンジでキャプテンを任されるようになりました。 これからも、学校で勉強したことを活かしながら今の仕事を続けて、たくさんのお客様がリピーターになっていただけるように頑張りたいと思います。
岡田 エリ
平成13年度、松山情報ビジネス専門学校・医療秘書コースを卒業後、医療法人中野クリニックに医療事務スタッフとして就職。野村高校出身。
上野 優
平成17年度、松山情報ビジネス専門学校・医療秘書コースを卒業後、医療法人中野クリニックに医療事務スタッフとして就職。八幡浜高校出身
山平 可奈美
平成19年度、松山情報ビジネス専門学校・医療秘書コースを卒業後、医療法人中野クリニックに医療事務スタッフとして就職。津島高校出身。
連携が大事な職場で心強い
仲間
現在、「医療法人 中野クリニック」では、松山情報ビジネス専門学校の卒業生3名が勤務。医療秘書コースで学んだ基礎を生かし、先輩と後輩が同じスタッフとして日々協力しあいながら働いています。
岡田 エリさん
医療秘書の学校を希望する同級生はいませんでしたが、この学校に2つ年上の先輩がいたので安心でした。現在勤めている病院は、私が卒業する頃に新規開業した病院で、当時からやりがいに満ちた職場です。
上野 優さん
メディカルクラーク(医療事務技能審査試験)は医科に加え、希望者のみが受験する歯科も取得できたのはうれしかったです。実習は大変でしたが、友人と連絡を取り合って励ましあったことはいい思い出です。
山平 可奈美さん
参加した体験入学の雰囲気がよかったです。試験合格に対するプレッシャーもありましたが、各科目を集中して勉強し、最後はきちんと資格を取れたのが何よりもうれしかったです。
松山デザイン専門学校
林 真琴
平成17年度、松山デザイン専門学校・ビジュアル・クリエイターコースを卒業後、株式会社ロバデザインに入社。済美高校・美術科出身
やりたい仕事があったから
学生時代に夢中になれた
学生時代の思い出といえば卒業制作。1年生のとき、進級のための制作課題をグループで取り組んだものが最優秀に選ばれ、卒業制作では個人で最優秀をいただ きました。12星座にまつわるキャラクターのイラストを、パッケージやロゴマークなどに商品展開するという内容で、徹夜しながら最後まで頑張ったのでうれ しかったです。 もう一つの思い出は2年生のときの学園祭。 友だちと一緒に作ったポストカードやステッカーなどを販売しましたが、卒業制作の試作品でもあったので参考になりました。入社後、アシスタント業務を経 て、折込広告の仕事をさせてもらうようになり、希望していたイラストの仕事も任されるようになりました。 制作現場での専門的知識は入社して学びましたが、学校で勉強していたおかげで、仕事の内容を理解できるようになっていたのは助かりました。 学生時代に、自分が納得するまで好きなことをとことんやり切ることが大事だと思います。
正岡 昇
平成8年度、松山デザイン専門学校・グラフィックデザインコースを卒業後、有限会社アドバンテージに入社。その後、独立して株式会社シンプルを設立。松山商業高校出身
社会人からデザインの道に
プロとして独立、会社設立
高校を卒業して2年間の社会人経験がある私は、絵を描くことやものづくりが好きだったので、興味のあるデザインを学ぼうと考えて入学。学生のときは、現場の声、第一線の人の講義を聞けるのが楽しみでした。 卒業後に入社した職場で、初めて任されたのは新聞社が発行していた小冊子の小さな広告。 とにかく、いいと思う広告を見て自分の目を養っていきました。それからこの職場で8年間、いろいろな仕事を通じて謙虚に学ばせていただき、独立して設立した事務所を2008年11月に株式会社化。 自分たちの会社を、地方から全国発信していけるように、企業の商品開発の段階から携わるブランディングの仕事も手がけていこうと考えています。 デザインの業界に限らず、求められているのは人の心を動かすエネルギーを持つ人。 自らの進む道に気づいたのは私が20歳のときですが、この気づきが早い人ほど強いエネルギーを持てると思います。
野村 綾
平成19年度、松山デザイン専門学校・スペース・クリエイターコースを卒業後、(株)ショップ ツー ショップにデザイナーとして就職。土居高校出身
自分がやりたい仕事だから
制作や就職に妥協しなかった
学園祭や卒業制作など、当時は大変だと思っていたことも、自分の作品づくりに取りかかる時間をなかなか取れない今からすれば、あの頃は本当に楽しかったと 思います。 専門学校には丁寧に教えてくれる先生がいて、自身のスキルアップを手助けしてくれる環境に恵まれていたので、自分のしたいことに思い切って取り組むことが できました。 だから、あっという間の2年間でも、自分の将来をじっくり考える時間を持つことができました。ディスプレイやコーディネートができる就職先は、四国には募 集自体があまりなかったので焦りましたが、学んだことを生かせる仕事に就きたいと就職活動を続けた甲斐もあり、先輩が伝統的に活躍している大手ディスプレ イ会社に無事合格。 会社の先輩の背中を見ながら、技術や発想力をどんどん磨き、自分が手がけたディスプレイがいろいろな人の目に止まるような仕事をしていきたいと思います。
佐伯 勇樹
平成13年度、松山デザイン専門学校・インテリア建築コースを卒業後、株式会社バツフォ計画工房に入社してインテリアデザイナーとして活躍中。松山南高校砥部分校出身。
インターン・シップで
入社当時も順調にスタートできた
入社して最初に任せられた仕事は温泉施設の模型づくり。 模型を作成する上で難しいのは平面である図面から立体化する作業ですが、学校でも作り慣れていたことがすぐに生かせるチャンスでした。 当時としては、スムーズに仕上げることができ、チームの一員としてものづくりに参加できた喜びがありました。 学校で学んでいた分、基本がわかっているので仕事の現場に入りやすかったことを覚えています。 学生のときからインターン生として通い始め、設計助手や図面おこしのほか、いろいろな現場管理の仕事も任せられるようになってもうすぐ入社8年目。 地元で学び、地元で設計の仕事を続けられる今が充実しています。 社会人になって、プロジェクトに関わるたくさんの人たちとのコミュニケーションを学ばせていただきましたが、教えてもらうだけの勉強に加えて、興味をもったことに自分から学んでいく姿勢が、職場でも学校でも大事だと思います。
松山コンピュータ専門学校
丸橋 愛
平成21年度、松山コンピュータ専門学校・情報技術コースを卒業後、株式会社インフォメーションクリエーティブにプログラマとして勤務。徳島北高校出身
目標を持って働ける会社、
やりがいを持って仕事に取り組める
学校を卒業し本社が東京の大森にある会社でプログラマとして働いています。当初は、実家から離れた場所で仕事を始めることが不安でしたが、今は一人でも やっていける自信が付き、充実しています。職場の環境は、社員は友好的な人が多く、上司は人間関係や個人の特性を考えて仕事を配分してくださるので、とて も働きやすいです。プログラマとしての職業上、定時で帰れることの方が少ないですが、一年目でも「目標」と「目標に向けてするべきこと」を意識出来る会社 なので、やりがいを持って仕事に取り組んでいます。
松本 穣
平成19年度、松山コンピュータ専門学校・ネットワークエンジニアコースを卒業後、株式会社山田電機松山店に入社。新田高校出身
すべて自分に返ってくる
そう信じて頑張ってきた
入学前は希望する職種を特に考えておらず、「松山コンピュータ専門学校には丁寧に教えてくれる、いい先生がいる」という評判を聞いて、この学校に通うことにしました。 そして、就職活動中に、売上第1位の家電量販店で自分も成長していこうと決心。 無事に入社してから商品知識の吸収はもちろんのこと、お客様の要望に応えてうまく伝えられるように努力を重ねました。 ある日、自分が対応したお客様がリピーターとして来店してくれて、さらに頑張っていこうと思いました。 日によっては数回、メンテナンスサービスに出ますが、ハードやソフトの修理をするときに学校で学んだことが大変役立っています。 今、自分に言い聞かせているのは積極的になること。 丁寧さ、正確さ、スピードが欠かせないお客様への対応など、決められたとおりにこなすだけでなく 、さらによい評価を得られるよう、一生懸命に取り組んでいきます。
渡部 智哉
平成18年度、松山コンピュータ専門学校・ネットワークエンジニアコースを卒業後、株式会社イーシーエスに入社して、システム保守管理を担当。松山東高校通信制出身
今のやりがいある仕事も
在学中の努力があったからこそ
今の職場は大手自動車メーカーで、担当業務は社内で使うツールの作成・保守・管理と、まだ勉強しながら ですが、エンジン制御関連の仕様書作成を担っています。このツールは、海外向け商品を輸出できるように、排ガス規制の基準をクリアする膨大な書類が必要な ので、これらを効率よく作るシステムです。専門英語や車の知識を覚えるのが大変ですが、すべてが自分のプラスになると考えて頑張っています。働き始めてか ら思うことは、専門学校時代に学んだ全ての事が社会に出た時には必要な力になっていると感じます。体験入学に参加して進学を決めましたが、コンピュータの 未知の世界でも、努力次第で何とかなると思っていたのでそれほど不安はありませんでした。また、松山コンピュータ専門学校はじっくり学べる環境でした。そ れに、良い先生と良い友達と巡り合えたからこそ、充実した学生生活を送ることができ、勉強も頑張れたのだと思います。
大本 貴之
平成19年度、松山コンピュータ専門学校・情報処理科・情報技術コースを卒業後、株式会社ビットに入社。大洲高校出身
学んだ技術を生かして
意思の疎通を図るリーダーが目標
希望する大学に入ったものの、そこでは自分のしたいことができないと判断して、資格取得のサポートがしっかりしているこの学校に入学。今の会社ではシステ ムエンジニアとして働いていますが、プログラムの製造を担当している今、役に立っているのがシステム設計を体験した卒業制作。グループを組んだ友だちと半 年間かけて、学校の先生が成績を管理するプログラムを作りました。感謝の気持ちを込めて、先生たちの負担を少しでも減らせるようにと考えたところまではよ かったのですが、設計が不十分で修正も多く、終盤までバタバタしてしまいました。しかし、こういったことを経験して初めて、開発の流れや設計の大切さを実 感することができました。今後は、グループで仕事を進めるときにリーダーシップをとれる自分になるため、コミュニケーションを大切にしながら、いろいろな 人と関わっていこうと思います。
皷 祐司
平成16年度、松山コンピュータ専門学校・情報処理科・情報技術コースを卒業後、株式会社インフォメーションクリエイティブに入社してシステムエンジニアとして活躍中。松山商業高校出身
資格試験の勉強も学校行事も
集中して全力でやり切った
コンピュータを学べる学校はいろいろありますが、松山コンピュータ専門学校はマイクロソフトやオラクル といったベンダー系の資格を取るための環境が整っているのが一番魅力的でした。2年間という限られた期間で心がけたのは、自らの勉強量が足りないことで後 悔をしないこと。私の場合、参考書を3、4冊買って1冊ずつ忍耐強くこなしていき、夏休みを返上して試験勉強に打ち込んだときもありました。その甲斐あっ て、ソフトウェア開発技術者試験などにも合格できました。また、2年生のときには学園祭の実行委員長として近隣に1軒ずつチラシを配ったり、おでんを販売 する模擬店をしたり、メリハリのきいた学生生活を送ることができました。卒業後、800名の社員が働く東京の会社に入社し、現在はある企業の社内システム 開発にも携わりながら、自分のスキルを磨く日々です。
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